続いて参ります、書き下ろし二作目。
大陸統一暦1215年『国王陛下の嫌いな部屋』
先に引き続き、ネタバレがありますのでご注意ください。
さて本作はロスマリンの回想で「こんなことがあった」と記した部分を、実際に描写したものです。
ロスマリンが宮廷を辞し、レーゲンスベルグへの降嫁をぶちまけたフィデリオ凱旋式には、実はブレイリーもいました、という話。
本編では「カティスはブレイリーを一度も王城に召し上げはしなかった」と書きましたが、それは己のプライベートに付き合わせることを城ではしなかった、ザクセングルス子爵としての振る舞いを宮廷で要求しなかったという意味で、ブレイリーはこの後アルバ宮廷に何度か姿を見せています。
傭兵団団長兼施政人会議議員として、アルバと交渉事をしたり味方して凱旋したりということがありましたし、ロスマリンがレーゲンスベルグの特使としてしばしばアルバ宮廷に赴いているので、夫として帯同することもあったのです。(そしてロスマリンの信奉者の女性陣に「旦那様ーーっ!!」と悲鳴を上げられていた)
勿論その場では、カティスはブレイリーを友好国の要人として礼を尽くし、距離を置いて接しました。
(そして本作を読んだ方はお判りいただけると思いますが、王としてのカティスは公人としてのブレイリーを、すでに自分の絶対的な味方とは見なしていません。ブレイリーをこの世で最も高く評価し警戒しているのは、他ならぬカティスですから)
だからこそ、友人として会うことを城内では決してしなかった。そういうことでした。
そして今回の話は、本当に久しぶりにカティスの視点、一人称で書きました。
『彼方へと〜』26節で、カティスが言葉で説明したことを実際に描写したものです。
次作『蒼天抱くは金色の星』はセプタードの視点で描かれる物語なので、カティスが実際どう思っていたのかを描くのが結構難しいと思っていました。
なので今回の話を蒼天が書き上がってから執筆するつもりでいたんですが、今ここで出してしまえば蒼天の方のカティスの描写が若干楽になるかなー、と思い、先行した次第です。
ただその分、若干の次作ネタバレでもあります。
『彼方へと〜』の後半、ロスマリンの危機が伝えられた時、ブレイリーを取り巻いた人たちが怒髪天を衝くほどぶち切れた理由。
彼らがブレイリーに対して負い目を抱いている理由。
セプタードやウィミィが己の残りの一生を、彼のために費やして構わないと思い詰めた理由。
それは合わせ技一本、様々な要素が複合しているのですが、その中心であり根幹となるのが、今回取り上げた『紫玉の間の一件』です。
カティスが本作で『地獄』と表現しましたが、もうこれは本当に『地獄』以外に形容しようがありません。
ブレイリーは「瀕死の重傷を負った。右腕はもう使い物にならないからやむなく切断した」と単純に考えていましたし、彼自身はこの時何があったのか知るよしもない(カティスもセプタードも、この時何があったのかを本人にもロスマリンにも話していません。とても話せるものではない)ので、本人はとても淡々と作中で語っていますが。
あのな。
お前の腕を切るって、そんな単純な話じゃねえんだぞ。
お前にとってはどうでもいいことだったかもしれないが、みんなにとってはそうじゃねえんだぞ。
そう言いたいんですか、それが判らないのがブレイリー・ザクセングルス、なんです。
読者さんに「ブレイリーは自分のことを塵芥のように思っている」という感想をいただいて、本当にこれ以上ないほど言い得て妙だと思いました。
この感想は休載前にいただいたもので、ブレイリーの過去はこの言葉をいただいた以降の後付けだったんですが、どうしてあんな過去が出てきたのかはこの指摘の解答です。
ブレイリーがそう思うようになってしまったのには、それ相応の理由がある、と。
ブレイリーには非常に強い自己否定があるわけなんですが、カイルたちのように「自分のことが嫌い」「自分の価値を信じられない」「自分の存在が許せない」というものとは、違う。
どういうことか悩んでいたんですが、ある時判りました。
ブレイリーは、自分のことを全く価値のないものだと思っている。
「価値を認めてもらえない」「価値があると自分で信じられない」と思っているのではなく「自分にとっては何の価値も感じない、他人にとってもそうだろう」と思っている。
だから、そんな自分のことはどうでもいい、自分を大事にする必要性なんて微塵も感じてないんですよ。
だからああも、自分に関することには無頓着なんです。
本当に心の底から、自分自身のことはどうでもいい。
ただ問題は、自分のことを塵芥だと思っているから、他人が自分のことを大切に思っているということに、全く思い至らない。
自分が損なわれれば、自分を大切に思っている人が傷つく。その簡単なことが理解できない。
だからあの『紫玉の間の一件』で彼が下した選択がどれほどカティスたちを傷つけたのか、その後自分をぞんざいにし続けた人生がどれほど彼らを傷つけ続けたのか、ブレイリーは思い至らない。
思い至らなかったから、その十四年間、ブレイリー自身は苦しくはなかったんだと思います。自分のことはどうでもいいから。
でもさー、カティスはあの後PTSDに苦しんだんだぞ、少しは理解しろブレイリー、というのが今回の話です。
『彼方へと送る一筋の光』は、ブレイリーがあんななので、本当に周囲の人たちが何思ってたのか何も書けてない物語なんですよ。
とりあえず今回まず、カティスの気持ちを一点描写しました。
ただカティスも国王であり幾つもの立場からの思惑を抱えており、本作でも何か含んでいる。
それを踏まえた上で、次作に行こうと思います。
お待たせしていて本当にすみません。
次作は結構心理の謎解きがあります。
『彼方へと送る一筋の光』は実のところ、本当に、沢山の人の思惑や気持ちを全スルーして成り立っていたのです……。
2022年05月17日
書き下ろし『国王陛下の嫌いな部屋』について
posted by Sae Shibazaki at 20:16| Comment(0)
| 小説執筆
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