2005年10月18日

物語の向こう側

自分の心をあまりにも激しく強く揺さぶった物語。
そのラストの、さらに先の物語は必要だろうか?

このことを、よく考える。
そしてその答えは、やはり「否」だ。
大好きだったキャラクターや世界に再び出会えることは、単純に嬉しい。
嬉しくないとは言わない。
それでもなお思う。好きだからこそ、その先の続編や番外編には、それ相応の理由が必要だ。

どうしても補完しなければならないことが。
どうしても登場人物たちが越えなければならないことが。
どうしても、描かなければならないことが、語らねばならないことがそこにない限り。
全ての続編は、番外編は、蛇足にすぎない。


気管支炎もぼちぼち回復してきました柴崎ですこんにちは。
……いや、最近倒れる時は、病そのものより薬の副作用の方が多い気がするのが、大層問題なんですが。
さて11月末から今年も始まります超繁忙期・通称『地獄のロード』に向けまして、色々ばたばたやっております。
オリジナルの推敲は、残り三章半で、いよいよ佳境。
『地獄のロード』に入る前に、もう一つ二つ片づけたい仕事もあります。早く皆様に何かしらの成果をお目にかけたいものだと思っております。

さて大変厳しい言葉から始まりました本日の日記は、前回の日記で予定しておりました『例のもの』の感想です。
今日は今まで以上に、判る人にしか通じない話で申し訳ありません。
本日は特撮とは関係ない話です。
でも、このサイトにお越しの方の中には、これが好きだった人はかなりいるのではないかと思います。
ファイズが好きな人――あの世界の構造、あの話が描こうとしたこと、それに心惹かれた人は、この物語と世界に惹かれた割合が高いのではないかと、私は思っています。


FINAL FANTASY VII。
言わずと知れた、日本のRPG双璧シリーズの片方『ファイナルファンタジー』シリーズの7作目。
私はFFを9までしかやっておりませんが、その中でこれがシリーズ最高傑作であり、最も賛否両論を呼ぶ作品であったと思います。
(スクウェア最高傑作という観点では、私は『クロノ・トリガー』とどっちか悩みます。ストーリーは圧倒的にFF7なんですが、ゲームとしてクロノがあまりにも面白すぎた<私信)
先日、これの続編に当たるDVDが出ました。
ゲームではなく、全編フルCGの映像作品として。
それが『FINAL FANTASY VII ADVENT CHILDREN』

話を聞いた瞬間、手放しで嬉しくはなかった。
その理由が、冒頭に書いた言葉。
正直私は思った。
あの結末の先が、本当に必要なのか。
プレイヤーが想像する、同人書きが自らのために補完する、それならいい。
しかし明確な答えを敢えて出さなかった作品の続編を、公式がやるのは、果たしてどうなのか。そう思ってしまった。
だから、買うのにもずいぶんためらった。
届いたから、見るのにもずいぶんためらった。
それでも意を決して見てみたんですけど……見終わって、うーんと考え込んでしまった。

今回のこのDVDのキャッチコピー。
「全ての運命には語られる理由がある。
 だから、彼らは帰ってきた」
なんですけどね。
率直に思った。

この物語で語ったという、運命って何。
理由って何。
見た私には、さっぱり判らなかったぞ。

この話は、一体何が言いたかったんだよ!
スタッフ集めて予算使って長い時間かけて発売日を相当延期して、そしてこれだけのお金を見るものに払わせて、それで「言いたかったこと」は、「描きたかったこと」は何だったんだ!
私には、それ、どうにも判らなかったぞ!

クラウドが自責の念に駆られていることは判った。
でも、何に対して「罪の意識」を感じているのか。
何に対して「許されない罪」だと感じているのか。
それが判らない。
それがエアリスを死なせたことだったら、FF7のラストはどうなるんだ。あのラストでクラウドが「わかったような気がする」と言ったことは、「そこで会えると思う」と言ったことは、どうなるんだ。
どうしてFF7全編を通じ、その最後で主人公が辿り着いた結論を、もう一度繰り返して堂々巡りさせて描かなければならない。
その理由が、私には判らない。

ルーファウスが言ったように、神羅は世界を壊してしまい、その結果として多くの人を死なせ、今生きている人たちの未来を苦難に満ちたものにしてしまった。
けれども、その罪は主人公パーティ、とりわけ主人公のクラウドも背負っている。
クラウドが感じた罪はそれなのか。
それならば判らないのではないのだけれども……そうだとしたら、それはあのストーリーでは、判りづらすぎる。
(というか、パッケージの粗筋では「平和と引き換えに、大切な仲間たちを失い、深い自責の念に駆られ」と書いてありますが……あの……死んだのってエアリスとザックスだけで、最終戦に挑んだ全員、誰一人死んじゃいませんが……)
そしてその贖罪の術が「人のために剣を取り、逃げずに戦う」という結論なのだとしたら、なんかしっくりこないんだけどな。
だってさ、今回の話でぐるぐる悩んでおりますこのクラウド・ストライフ、すでにFF7の中で「自分が何のために戦うのか」「星のため、人のためとは何か」ということに、明確に答出しているんですけどね。

頭と胸の中で、ストーリーをぐるぐる反芻しているんですけど、やっぱり判らない。
もう一度見直してみれば判るのかもしれないけど、今の段階ではやはり判らないとしか言えない。


あの話、何が言いたかったの?


それが判らない以上、私は今回のストーリー。
FF7ACという存在を、「蛇足」であるとしか言えない。
あれほど結末の後に続けるに足る物語だとは、正直思えない。


映像のお話をすれば、まーよく作ったものだと、さすがはCGやらせりゃ天下一品のスクウェアの仕事だと思う。
CGだからどんなに現実的にありえないバトルだって、ノンストップで描くことができるし。
そういう点でグラフィックチームのお仕事は、大したものだと思います。
ですが、えーい、言わせろ!
その戦闘を描くことで、ストーリーをおろそかにしたら駄目なんだってば! これはゲームじゃないんだから!
あれほどのグラフィックを作れるのだから、それをコンパクトにまとめないと駄目なんだってば!
ライダーをご覧なさい、たったあれだけの尺にどれくらいの出来事が詰まってると思うんですか。
一個一個の尺が取りすぎです。
時間をかけて、微に入り細に入り描けばいいというものじゃない。
短い時間でインパクトにあふれるバトルが描けることは、今までの特撮が証明してきています。
つまり。

この話、あまりにもバトルに時間割きすぎで、ストーリーの書き込みが浅い。
私には、そう思えてならないんだよな。

無論、お金払って買い求めたことも、後悔はしていない。
ぜってーーーーっ無視されるだろ! と思っていた私のマイスイートハニーもちゃんと出てきたし。
(しかし期待以上に、戦力としてまーーーーーったく役に立っていなかった辺りが、まさにハニーらしくて嬉しかったですが)
しかし、それでも手放しで私にゃ「傑作だ!」と人には勧められないものだなあ、というのが正直な感想です。

それでだ。
ここまででもずいぶん長くなるんですが、今回こういう機会があったということで、ちょっとFF7絡みでもう少し、書きたいことがあります。
どうして私が「ファイズ好きには、FF7好きが多いのではないか」と感じた理由。
物語の構造論と、『世界』と『正義』の受けとめ方、という話。
次回、余裕があれば、ちょっとそういう話をしてみたいと思います。
posted by Sae Shibazaki at 00:00| Comment(0) | ゲーム
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