2011年10月10日

あの人はもういない

前回はSJショックで、すっかり綴るの忘れていました。
前回の更新時、沢山の拍手をありがとうございました。とても励みになりました。
そしてアルファポリス・ファンタジー大賞にご投票下さいました皆様、本当にありがとうございました。
怠惰な作者ではありますが、状況の許す限り作品を作り続けていこうと、しみじみと思った次第です。
……いやですね、SJもそうなんだけど、先日叔父がやはり癌で60歳の短い生涯を閉じまして。
思ったですよ。
もう私らの世代は、80歳まで生きられると思わない方がいいと。
私、叔父叔母が配偶者含めて3人しかないのですが、そのうちもう二人が亡くなりましたもの。
そして両親の友人たち、60歳前に一体何人亡くなったろう。
そんな親世代よりも、自分たち世代の方が病弱なのは明らか。
こりゃ自分は長生きできないなー、と痛切に思います。
人生60年なら、もう折り返しちゃってるんですよね。
残りの時間で、この頭の中のどれくらいのネタが小説に起こせるんだろうな、と思いつつ。
それを悲観するのではなく、でもできうる限りのことはやらなきゃな、と思った次第ですよ。

さてそんな中、WOWOWで放送された桑田佳祐さんの宮城ライブを見たですよ。
9/11、あの震災から半年の日に宮城のグランディ21で行われたライブです。
ライブが始まる前の観客インタビューで、この建物が取り壊されるんじゃないかという噂があったということを、初めて知りました。

……判る。あの震災時に、あそこに行かなければならなかった人にとっては、そこでライブとか催し物と言われても、辛いだろう。
震災の悲痛、その最たるものが集約された建物だろう。
そんな噂がささやかれるのも、判る。

だけどグランディはある意味、仙台唯一のアリーナなんだ。
交通の便とか諸々非常に切なくてですね、私的に参加したくないライブ会場ナンバー2なんですけど、でもあそこなくなっちゃうと仙台でアリーナクラスのライブできなくなっちゃうんですよ。
それはとても切ないことですし。
今回利用再開の第1号として、桑田さんが先鞭をつけてくれたことは、大変ありがたいことだと思います。

で、そのライブ。
一曲目が全国に名をとどろかす、仙台ご当地ソング「青葉城恋唄」だっていうのは、ニュースで知っていたのですが。
映像を見て、はっと気づいた。


(著作権許諾済歌詞サイト「歌ネット」へのリンク)
http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=183


「青葉城恋唄」って、失恋ソングのはずなんですけど。
別れた恋人のことを思う歌のはずなんですけど。


これ。
愛しい人を亡くした歌だと解釈しても、何一つ齟齬がない…………。


気づいた瞬間、滝涙。
く、桑田さん、なんて曲を一曲目に持ってきたの…………。


また夏が来て、七夕に、広瀬川に、定禅寺通にあの日と同じ景色が戻ってきても。
思い出は還らない。
あの人はもういない。

そのリアルが胸に迫って、ただひたすら泣けた。
これ以上の思いを、きっと宮城の人たちはこの歌に抱えてるんだろうなと思った。

失われた人たちは、もう戻ってこない。
だけどそれでも、残された者たちは――と口にするのは、部外者には野暮だよなと思いつつ。
またひっそりと手を合わせました。
posted by Sae Shibazaki at 21:41| Comment(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。